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東京高等裁判所 平成2年(ネ)793号 判決

控訴人 国民金融公庫

被控訴人 国

代理人 徳田薫 斉藤明良 ほか六名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金九八万九六八四円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  控訴人と被控訴人との協議の結果、恩給受給者の死亡等による失権に伴う過誤受金については、控訴人は被控訴人の返還請求時から遡ること五年間に限って返還することになっている。これに原判決記載の抗弁2の事情も考慮すると、被控訴人から控訴人に対し、本件恩給裁定取消の通知がされた昭和五五年一一月から五年前の昭和五〇年一一月より前に払渡しされた本件恩給給与金については、取消しの効力を及ぼすべきでなく、これに関する不当利得返還請求は権利の濫用又は信義則違反である。

2  昭和五〇年一一月以降に完済された貸付金及びその弁済に当てられた恩給給与金は別紙取引一覧表のとおりである。

すなわち、昭和五〇年一二月六日から同五一年一〇月六日までに払渡された恩給給与金九三万二〇三八円のうち、同五〇年一〇月二〇日付け實川への貸金七〇万円の弁済に当てられたのは七一万八九三五円であり、その余の二一万三一〇三円は剰余金として控訴人から實川に返還された。また、昭和五二年一二月六日から同五二年一〇月六日までに払渡された恩給給与金一〇九万三五〇〇円のうち、同五一年一〇月二二日付け實川への貸金一〇〇万円の弁済に当てられたのは一〇三万一四八七円であり、その余の六万二〇一三円は剰余金として控訴人から實川に返還された。

3  實川は本件恩給給与金のうち二三〇万六〇〇〇円を被控訴人に返還した。

昭和五〇年一一月以前に支払われた恩給給与金の不当利得返還請求は、前記のとおり理由がなく、控訴人は被控訴人に対しその支払いを拒否できるから、これに対する弁済は債務者にとって利益が少ない。したがって、右の弁済は、右の期日以降に支払われた恩給給与金に優先的に法定充当されたものとすべきである。そうすると、本件の不当利得返還請求権は、その行使が権利濫用又は信義則違反あるいは實川の弁済により全て消滅したことになる。

(被控訴人)

控訴人主張の2の事実及び實川が被控訴人に二三〇万六〇〇〇円を返還したことは認め、その余の主張は争う。

本件恩給裁定取消により、恩給給与金の返還債務は期限の定めのない債務となり、個々の給与金の払渡し時に遡って発生し、かつ、弁済期にあることになる。實川の弁済金は、個々の恩給給与金の弁済期の古いものから順次法定充当されたものとすべきであるから、昭和三七年一〇月払渡し分から同四九年一月払渡し分の全額及び同年四月払渡し分のうち九万六七五九円の弁済に当てられた。したがって、その後に控訴人が實川に貸し付けた昭和五〇年一〇月二〇日の七〇万円及び昭和五一年一〇月二二日に貸し付けた一〇〇万円に関する分は、返還請求が可能である。

第三証拠〈略〉

理由

一  当裁判所は、本訴請求は九八万九六八四円の限度において認容し、その余は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり改めるほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  同九枚目表六行目から同裏八行目までを次のとおり改める。

「1 本件では前記のとおり、昭和三七年一〇月期から昭和五二年一〇月期まで一五年間に渡り恩給給与金の払渡しが行われており、本件恩給裁定が取り消されたのは右最終の払渡しより三年後である。〈証拠略〉、控訴人は恩給担保貸付金が完済された時に、借用証等は恩給受給者に返還していること、控訴人自身の貸付関係の書類の保管期間は完済後五年間であり、その後は廃棄されること、控訴人と被控訴人との協議の結果、恩給受給者の死亡等による失権に伴う過誤受金については、控訴人は被控訴人の返還請求時から遡ること五年間に限って返還することになっていること、控訴人は昭和五〇年一〇月までに完済となった本件貸付関係の書類は廃棄しており、それまでの貸付分については、もはや實川らに対して請求することは実際上不可能であることが認められる。そして、控訴人は、法律上、恩給受給者に対しては恩給を担保に貸付をする義務があること、被控訴人のした恩給裁定は有効なものとして扱わざるを得ないこと、右裁定取消しの効果を無制限に控訴人に及ぼすことは、被控訴人のした恩給裁定の有効性を信頼して義務的に恩給担保貸付けを実行し、かつ、弁済された旨の処理をしている控訴人に対して著しい不利益を与えること等を考慮すると、被控訴人は控訴人に対し、本件恩給裁定取消の通知をした日から五年前である昭和五〇年一一月以前の分については、取消の効果を主張して本件払渡しに係る金員の返還を請求することは権利の濫用あるいは信義則違反であると解するのが相当である(最高裁判所昭和六二年(オ)第二五三号不当利得返還請求上告事件判決、平成六年二月八日言渡参照)。

2  控訴人が、實川に対する昭和五〇年一〇月二〇日の七〇万円の貸付につき、被控訴人から九三万二〇三八円の払渡しを受けて、うち七一万八九三五円を弁済に充当し、残金二一万三一〇三円を實川に返還したこと、同じく昭和五一年一〇月二二日の一〇〇万円の貸付につき、被控訴人から一〇九万三五〇〇円の払渡しを受けて、うち一〇三万一四八七円を弁済に充当し、残金六万二〇一三円を實川に返還したこと、本件恩給裁定取消により、實川は本件で被控訴人から控訴人に払渡しがされた合計五三〇万六〇〇〇円のうち二三〇万六〇〇〇円を被控訴人に返還したことは当事者間に争いがない(なお、原判決別紙「担保に供した恩給一覧表」と本判決別紙「取引一覧表」との五一年一月期から五二年一〇月期までの恩給給与金額に一部差異があるが、これは差額をどの期に算入するかによるもので、右期間の全体としての恩給給与金額は一致している。)。

ところで、本件恩給給与金の返還請求権は、本件恩給裁定取消により従来の給与金全体について発生し、期限の定めのないものになり、控訴人及び恩給受給者たる實川はこれを直ちに返還すべきものと解される。實川の弁済については充当の指定がされていないから、法定充当の規定によることになるところで、弁済金二三〇万六〇〇〇円は五三〇万六〇〇〇円を構成する個々の恩給給与金に按分して充当されたものと解すべきである。

控訴人は、昭和五〇年一一月以前に払渡しのあった恩給給与金については、その返還請求は権利の濫用又は信義則違反であり、それ以後に払渡しのあった分の方が債務者にとり利益が多いから、右實川の弁済は先ず後者に充当されたことになるというが、債務者である實川にとって前者の返還請求が権利の濫用とは言えないから、右主張は理由がない。

また、被控訴人は、払渡しのあった恩給給与金の弁済期の古い順に充当されたというが、本件返還請求権は前記のとおり給与金全体につき発生し、期限の定めのない債務となるもので、その弁済充当については個々の恩給給与金の弁済期は考慮すべきでないから、控訴人の主張も理由がない。

したがって、前記の被控訴人から控訴人に対して払渡しのあった昭和五〇年一二月以降の恩給給与金合計一七五万〇四二二円のうち七六万〇七三八円は弁済され、残金は九八万九六八四円となる。」

2  同一〇枚目表三行目、九行目、一一行目、同裏九行目、同一一枚目表九行目の「昭和三一年七月三一日」を「昭和三一年七月三〇日」と、原判決別紙測定値一覧表の年月日欄の「31・7・31」を「31・7・30」と、同一一枚目表九行目〈証拠略部分〉を〈乙第五号証の五〉とそれぞれ訂正する。

3  同一一枚目表一行目の「また」から八行目末尾までを次のとおり改める。

「また、昭和三一年七月三〇日付恩給診断書に左股関節の可動域の減少が記載されていることについては、〈証拠略〉(医師天野義夫作成の診断書)によれば、實川は、昭和三〇年八月四日、座骨神経麻痺を原因として、昭和三〇年一一月三〇日当時、左下肢股関節及び膝関節に高度な運動障害がある旨診断されていることが認められ、〈証拠略〉(實川作成の症状経過書)記載の内容もこれに沿うものである。」

4  同一一枚目裏二行目の「過失があった」を「過失があり、またこれを信じた被控訴人に過失があった」と改める。

二  よって、原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅弘人 谷澤忠弘 今泉秀和)

取引一覧表

(1)

支給期

回収日

(貸付日)

利息期間

(日)

支給額

(円)

元金

(円)

利息

(円)

貸付残高

(円)

(50.10.20)

700,000

51.1

50.12.6

48

161,816

156,293

5,523

543,707

差額

51.1.12

37

90,722

87,416

3,306

456,291

51.4

51.4.6

85(閏年)

226,500

220,125

6,375

236,166

51.7

51.7.6

91

226,500

222,968

3,532

13,198

51.10

51.10.6

92

226,500

13,198

199

0(剰余金213,103)

合計

932,038

700,000

18,935

――

(2)

支給期

回収日

(貸付日)

利息期間

(日)

支給額

(円)

元金

(円)

利息

(円)

貸付残高

(円)

(51.10.22)

1,000,000

52.1

51.12.6

46

264,000

256,439

7,561

743,561

差額

51.12.12

6

37,500

36,767

733

706,794

52.4

52.4.6

115

264,000

250,639

13,361

456,155

52.7

52.7.6

91

264,000

257,177

6,823

198,978

52.10

52.10.6

92

264,000

198,978

3,009

0(剰余金62,013)

合計

1,093,500

1,000,000

31,487

――

(計算に当たっての留意事項)

○ 利息の計算式:貸付残高×利率×利息期間(注)/365日

(注) 貸付日は利息期間に含む(両端入れの原則)。

利率年6%

【参考】第一審(昭和六一年(ワ)第四四二八号 平成二年二月二二日判決 不当利得請求事件)

主文

一 被告は原告に対し、金三〇〇万円を支払え。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

主文同旨

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告は被告に対し、昭和三七年一〇月から昭和五二年一〇月にわたり、国民金融公庫が行なう恩給担保金融に関する法律(以下「恩給担保法」という。)三条一項に基づき、實川弘章(以下「實川」という。)が被告に対して担保に供した同人名義の普通恩給及び増加恩給のうち、別紙担保に供された恩給一覧表記載のとおり合計金五三〇万六〇〇〇円(以下「本件恩給」という。)を支給した。

2 原告(総理府恩給局長)は、昭和五五年一〇月二三日付取消第六〇一号をもって、實川に対する恩給裁定を取り消した(以下「本件恩給裁定取消」という。)。

3 よって、原告は被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件恩給五三〇万六〇〇〇円から實川が返済した二三〇万六〇〇〇円を控除した不当利得金三〇〇万円の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1は知らない。

2 同2は認める。

3 同3は争う。

恩給担保法により被告が恩給受給者に対して行なう貸付(以下「恩給担保貸付」という。)は、恩給担保と金銭貸付が表裏一体をなしており、有効な恩給担保権の設定がなされてはじめて貸付が実行され、貸付金の弁済も恩給の支給金をもって充当されることが予定されている。このように恩給担保貸付は恩給給与金の受領と対価関係にある貸付形態なのであり、被告に不当利得の生じる余地はない。

恩給給与金が不当利得として返還すべきこととなれば、恩給担保法以前の代理受領によるときより被告にとって不利益となり、これを被告において未然に防止する有効な手段はないのであるから、恩給担保法の立法目的にも反することとなる。

三 抗弁

1 利得の不存在

被告が恩給担保貸付として實川に貸し渡したことによる貸金債権は遅くとも昭和五二年ころに最終弁済期が到来し、その後一〇年を経過し、時効により消滅している。

被告は支給された恩給から實川に対する貸付の弁済に充当し完済処理していたが、既に借用証書等貸付関係書類は實川に返還されるなどして存在しないため、貸付の時期、金額を特定することもできず、實川に対する訴訟提起も不可能であり、連帯保証人の所在も不明となってしまっている。また實川は原告からの年金以外に資産は無くこれを差し押さえることもできない。

右のとおり、被告は、原告のなした恩給支給裁定を信頼した結果、實川に対する貸金回収の機会を失っているので、貸付元利金は被告の利得から控除されるべきであり、被告には利得はない。

2 本件恩給裁定取消の効力

恩給担保法による恩給担保貸付制度は、恩給受給権者が必要とする事業資金、生計資金の入手を容易ならしめ、恩給受給権者の生活保障とする国の施策の一翼を担う制度である。右制度を維持することは公益上重要であり、恩給裁定取消によって、本件請求のように善意の第三者である被告に対する不当利得返還請求が許されることとなれば、被告は恩給担保貸付に消極的にならざるをえず、借主に対する物的担保の徴求、恩給支給金以外からの弁済の請求、貸付審査の厳格化とこれに伴う貸付拒否の増加、貸付審査の長期化等が必然的に生じ、かえって公共の利益が損なわれることとなる。

本件では、被告は原告の恩給裁定を信頼して恩給担保貸付を実行し、原告は右恩給担保設定を了承して被告に恩給を支給し、被告はこれをもって貸付の弁済を了したものとして処理したが、その後長期間を経過したため、貸付、担保設定等関係書類は現存せず、貸付時期、金額、連帯保証人の住所氏名を究明することも困難である。他方、實川に対する最初の恩給裁定から本件恩給裁定取消まで二〇年以上の期間が経過しているが、その間、再三審査請求がなされていたのであるから、原告は恩給受給権の存否についてチェックする機会があった。

以上のとおりの恩給担保貸付制度の公益性及び本件の事情からして、本件恩給裁定取消は認められるべきではないし、少なくともその効果を被告に主張できないというべきである。

3 損害賠償請求権との相殺

(一) 原告は、實川に対し、同人が恩給法別表第一号表ノニの第六項症一号の「頚部又ハ躯幹ノ運動ニ著シク妨クルモノ」に該当するとしてなした恩給裁定を取り消し、新たに同表第二款症一号に該当する旨の裁定をなしたものである。

(二) 原告は、恩給支給裁定にあたり、申請者が真に受給権を有するか否かを調査確認の上裁定すべき義務があるところ、實川に対する恩給支給裁定を担当した原告の恩給局職員及び医師には、次のとおりの過失があった。

すなわち、實川についての恩給診断書中の測定値は別紙測定値一覧表のとおりであるところ、實川は、昭和一三年に受傷し、昭和一五年に症状固定となったが、昭和二〇年の診断書でも左股関節の可動域は正常であった。右経過からすれば、昭和二九年から三一年のわずかの間に各診断書記載のような急激な増悪は考えられず、しかもその後昭和三一年から昭和三六年の間には全く変化がないのは、相当の医学的知識を有する原告の担当職員及び医師として不信をいだかいてしかるべきものである。

しかも實川の股関節等の可動域についての昭和二七年と昭和二九年の各診断書、昭和三一年と昭和三六年の各診断書は、一部を除きそれぞれ一の位まで同一数値であって、これが異常であり、実際の測定結果でないことに気付いて当然である。また實川は、金物業を営み、昭和二六年には運転免許を取得していた。

右のとおり、原告は、昭和三二年の第六項症裁定時に、診断書の記載に疑問を持ち、再検査、調査をすれば、第六項症の裁定をすべきでないことを知りえたはずであり、また昭和三六年の診断書と比較すれば、昭和二九年から昭和三一年の増悪が不自然であることを認識すべきであるのに、誤った裁定を繰り返した。

(三) 国立病院佐倉療養所厚生技官慶田浩医師(以下「慶田医師」という。)は、實川の作為に不信を抱くことなく、虚偽の内容の前記昭和二九年の恩給診断書を作成した。

(四) 原告が誤った恩給支給裁定をすることにより、被告に不測の損害を与えることは原告も予測しえたところ、被告が實川に対する貸金の回収不能となったことによる損害は原告の本訴請求額と同額であり、原告の誤った恩給支給裁定によるものである。

(五) 被告は、昭和六一年一二月一八日の本件口頭弁論期日において、原告主張の不当利得返還債権と右損害賠償債権を対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1の時効消滅の主張は争い、その余の事実は否認する。

2 同2は争う。

3 同3について

(一)は認める。

(二)中、原告過失がある旨の主張は争う。

(三)、(四)は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりここに引用する。

理由

一 〈証拠略〉によれば、請求原因1の事実が認められる。

〈証拠略〉によると、原告は被告に対し、過誤払の請求として当初、五七〇万二六二一円、その後五三六万〇〇八七円を請求していたことが認められるけれども、右は違算によるものと認められるから、右認定を覆すに足りない。

なお前記〈証拠略〉によれば、昭和四〇年二月二四日付で貸付金の弁済完了と同時に再度貸付がなされた場合には、担保権消滅、再度の担保権設定の手続は省略してよい旨各郵便局長に通知されたことが認められ、前記〈証拠略〉中の昭和三八年八月六日付、昭和三九年一一月二〇日付、昭和四一年一〇月二一日付各恩給証書交付通知書控には、「担保」の記載があること、前記〈証拠略〉中の第一葉は現存するもっとも古い恩給原簿のマイクロフィルムであるが、これには「公開37・10期」の記載があること(前記〈証拠略〉によれば昭和三七年一〇月期から恩給担保権設定がなされたこと表わすことが認められる。)からすると、昭和三七年一〇月期以降、継続的に恩給担保権が設定されていたものと認められる。

二 請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

そうすると、原告の實川に対する恩給裁定が取り消されたことにより、實川は恩給を受ける権利を遡って失ったのであるから、被告が恩給担保法に基づき、これを担保としたことによって原告から支給を受けた金員は、法律上の原因なく取得した利得というべきである。

被告は、恩給担保貸付は、恩給担保と金銭貸付は一体をなし、有効な恩給担保の設定がなされてはじめて貸付が実行され、貸付金の弁済も恩給の支給金をもって充当されることが予定されており、恩給担保貸付と恩給の受領は対価関係にある貸付形態であるから被告に不当利得の生じる余地はないと主張する。

しかしながら、恩給担保法により貸付金の弁済が恩給の支給をもって充当するものとされていても、被告が原告から払い渡しを受けた本件恩給給与金は、それ自体被告において得た利益であり、實川に対する貸付による出捐とは別個のものであるから、被告に利得が生じているものというべきである。

また、被告は、従前は代理受領権の賦与の方法によっていたものが、恩給担保法制定により、恩給担保権設定によって排他的に独自に恩給給与金の払い渡しを受ける権利を有することとされ、担保権が強化されたのであるから、本件のように例外的に恩給裁定が取り消されて不当利得返還義務を負うこととなっても、恩給担保法の立法目的に反するとはいえない。

三 抗弁1(利得の不存在)について

被告は抗弁1のとおり主張するけれども、本件恩給裁定取消により、實川の恩給を受ける権利及び被告の恩給担保権はいずれも遡って消滅するとともに被告の恩給給与金の受領権限を遡って消滅し、その結果、被告の實川に対する貸金の弁済もなかったこととなるから、被告はなお實川に対し貸金債権を有しているものである。そして右貸金債権は本件恩給裁定取消があるまでは法律上行使できなかったものというべきであるから、消滅時効は進行しないものと解される。したがって、右貸金債権の時効消滅を前提とする被告の主張は理由がない。

また、實川に対する右貸金債権の回収について被告主張のような事情があるとしても、右のような債権回収が事実上困難であることをもって被告に利得が存しないとはいえない。

したがって抗弁1は理由がない。

四 抗弁2(本件恩給裁定取消の効力)について

前記〈証拠略〉によれば、本件恩給裁定取消処分は、實川が当該恩給裁定にかかる受給資格を有しないことを理由としてなされたものであり、右取消処分は確定していることが認められる。

被告は抗弁2のとおり主張するけれども、本件のような不当利得返還請求が認められることによって、被告主張の貸付拒否の増加等の事態が生じるとは即断できないし、〈証拠略〉によれば、従前、被告は、恩給担保設定中に受給者が死亡等により失権しながら、被告が恩給給与金を受領していた場合の処理について、延滞金は別として、被告において受領した給与金は不当利得として返還すべきものと取り扱っていたことが認められるのである。そして被告が、国民金融公庫法に基づき、同法一条にみられる目的で設立され、資本金全額を政府が出資し、大蔵大臣の監督のもとに同法所定の業務を行なう公法人であることに鑑みると、本件恩給裁定取消処分が許されないとも、またその効力が被告に対しては及ばないと解することもできない。

したがって抗弁2は理由がない。

五 抗弁3(損害賠償請求権との相殺)について

抗弁3(一)の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠略〉によれば、實川についての昭和二〇年二月一五日付、昭和一五年六月八日付、昭和二七年一二月二八日付、昭和二九年一〇月二〇日付、昭和三一年七月三一日付、昭和三六年一一月二八日付各恩給診断書記載の測定値は、別紙測定値一覧表のとおりであること、原告が實川に対し、恩給法別表第一号表ノニの第六項症一号に該当するとしたのは、主として實川の左股関節障害の増悪によるものであることが認められる。

前記各恩給診断書の測定値を比較すると、昭和二七年一二月二八日付恩給診断書と昭和二九年一〇月二〇日付恩給診断書は、一部を除き同一であり、昭和三一年七月三一日付恩給診断書と昭和三六年一一月二八日付恩給診断書の測定値は全く同一であり、右各診断書の記載からは昭和二九年一〇月二〇日から昭和三一年七月三一日の間に左股関節の可動域の著しい減少が生じているところ、〈証拠略〉は医師河端正也作成の弁護士小山晴樹に対する回答書であるが、〈証拠略〉によれば、同医師は、一般的には二年程度の間に右のような極端な増悪は考えられず、測定数値が一桁まで一致する可能性は極めて少ないとしていることが認められる。

しかしながら、前記各恩給診断書は、いずれも直接に實川を診断した結果として医師が作成した診断書であるから、その記載に信頼を措くのは当然であり、昭和二七年一二月二八日付恩給診断書と昭和二九年一〇月二〇日付恩給診断書は、躯幹の屈折についての測定値は一部異なっているのであるし、また昭和三一年七月三一日付恩給診断書と昭和三六年一一月二八日付恩給診断書は、作成者である医師が異なることからすると、その測定数値が同一であるからといって、その記載自体から虚偽の記載がなされたものと疑ってしかるべきであるとはいい難い。また昭和三一年七月三一日付恩給診断書に左股関節の可動域の減少が記載されていることについては、前記〈証拠略〉によっても、医師河端正也は、左股関節、膝間接の拘縮による可動域の減少を来す可能性は否定できないとしていることが認められるのであり、〈証拠略〉によれば、昭和三〇年一一月三〇日当時、實川は、左下肢股関節及び膝間接に運動の高度なる障害がある旨診断されていることが認められ、〈証拠略〉(實川弘章作成の症状経過書)記載の内容もこれに沿うものである。

そして前記〈証拠略〉によれば、昭和三一年七月三一日付恩給診断書を作成した国立病院佐倉療養所厚生技官慶田浩医師は、当時の測定値のほか昭和二九年一〇月以降の右のような症状悪化及びその治療の経過についても検討の上これを作成していることはその記載内容から明らかであることからすると、慶田医師の右診断に過失があったとはにわかには断じ難いといわなければならない。

以上のとおり、被告主張の過失は認めることができないから、その余の点について検討するまでもなく、抗弁3は理由がない。

六 以上の次第で、本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高野伸)

別  紙

担保に供した恩給一覧表

期(年・月)

金額

三七・一〇

二一、二〇〇

三八・一

二七、四〇〇

〃四

二七、四〇〇

〃七

二六、八〇〇

〃一〇

二六、八〇〇

三九・一

二八、〇〇〇

〃四

二八、〇〇〇

〃七

二八、〇〇〇

〃一〇

二八、〇〇〇

四〇・一

二七、一九九

〃四

二六、八〇〇

〃七

二六、八〇〇

〃一〇

二六、八〇〇

四一・一

三六、一六六

〃四

三六、一六九

〃七

三六、一六六

〃一〇

三六、一六六

四二・一

三四、九六六

〃四

三四、九六九

〃七

三四、九六六

〃一〇

三四、九六六

四三・一

四二、二九九

〃四

四二、三〇〇

〃七

四二、三〇〇

〃一〇

四二、三〇〇

四四・一

四四、八八三

〃四

四四、八八五

〃七

四四、八八三

〃一〇

四四、八八三

四五・一

四四、八八三

〃四

五九、〇五二

〃七

五一、九六六

〃一〇

五一、九六六

四六・一

五八、五九一

〃四

五八、五九四

〃七

五八、五九一

〃一〇

五八、五九一

四七・一

五八、五九一

〃四

七三、〇〇八

〃七

六四、一五〇

〃一〇

六四、一五〇

四八・一

六四、一五〇

〃四

一四七、八六八

〃七

一〇四、二〇八

〃一〇

一〇四、二〇八

四九・一

一〇四、二〇八

〃四

一〇四、二一〇

〃七

一七九、五八三

〃一〇

一二九、三三三

五〇・一

一二九、三三三

〃四

二〇五、一三〇

〃七

一六一、八一六

〃一〇

一六一、八一六

五一・一

二五二、五三八

〃四

二二六、五〇〇

〃七

二二六、五〇〇

〃一〇

二六四、〇〇〇

五二・一

二六四、〇〇〇

〃四

二六四、〇〇〇

〃七

二六四、〇〇〇

〃一〇

二六四、〇〇〇

合計

五、三〇六、〇〇〇

測定値一覧表

(左股関節)

(右股関節)

(左膝関節)

(躯幹の屈折)

年月日

伸展

屈曲

内旋

外旋

内転

外転

伸展

屈曲

内旋

外旋

伸展

屈曲

15.6.8

195

48

52

52

205

45

60

65

150

165

20.2.15

195

48

53

52

205

45

60

65

148

27.12.28

185

(195)

102

(75)

15

(20)

30

(45)

15

(20)

20

(28)

尋常

95

(70)

165

160

140

168

29.10.20

185

(190)

102

(75)

15

(20)

30

(45)

15

(20)

20

(28)

尋常

95

(70)

162

160

140

168

31.7.31

178

(185)

152

(148)

不能

(12)

不能

(20)

不能

(15)

不能

(18)

尋常

142

(135)

174

172

170

不能

36.11.28

178

(185)

152

(148)

不能

(12)

不能

(20)

不能

(15)

不能

(18)

尋常

142

(135)

174

172

170

不能

( )の数値は他動

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